もうダメだ!結果の出ない不妊治療に諦めかけた妊娠と姑さんのガン

38歳 専業主婦
私は元々生理不順、晩婚もあり、結婚していち早く不妊治療をする事になりました。当時34歳でした。
最初は人工受精→そして体外受精とステップアップしましたが、その間も夫婦間でタイミングを平行してするようにとの先生からの指示だったのだけど夫婦あるあるで夫が起たなくなってしまいました。
努力もむなしく結果が得られず落胆する日々
こっちは一ヶ月に1回の排卵でしかも痛い注射も沢山して嫌な気分で病院にも行ってるのに、いざとなって起たないとはどういうことや!!と本当にイライラしていた時期でもありました。
結局起たないままタイミングも逃し、人工受精もいい結果が得られないままでした。元々人工受精はそんなに確率もよくない。
でも体外受精や顕微鏡受精に比べたら費用が全く違うので人工受精でしばらく頑張ろうと思っていました。でもなかなか良い結果は得られず、毎回生理が来ては落胆する日々が続いていました。
当時は子供を見るのが嫌で、嫌で、妊婦さんを見るのが本当に嫌だった。なんで自分はママになれないのだろうと自分を責めていた時期もありました。
姑さんのガンをきっかけに転院を決意!!
本当に落ち込んでいてこのままずっと人工受精で良いものかと思った時に転機が訪れたのです。なんと旦那のお母さんがガンになってしまったのです。
しかも転移もあったりで結構大変な状態。実は私は旦那のお母さんには結構良くしてもらっていて色々相談にものってもらったりとうまく姑さんと関係を保っていました。
その姑さんがガンになってしまったからもうショックで。いち早く孫の顔を見せたいと切に思い、旦那と相談してすぐに体外受精にステップアップしようと決めた時、「今の病院でなく違う病院に転院しよう。」と決めたのです。
実は今の病院で色々検査もしたけど、なんだか病院とあまり相性が良くないと常々感じていたからです。それでもう一つの有名な不妊治療クリニックに転移し事の経緯を医院長に説明し、不妊治療をする事になりました。
新しい病院で体外受精にトライした結果
実は私はPCOSとい病気でそれが原因でなかなか子供が出来なかったで、体外受精の中で一番体に負担がかかるアンダコニストの方法で体外受精にトライしました。
一番体にも経済的にも負担がかかるこの方法ですが(毎日卵胞を大きくする為の注射をしないといけないなど)メリットもあり、卵が沢山取れる事にありました。
私はPCOSなので卵が見えてるだけでも20個以上あったし、これを同じ大きさにしてある一定まで大きくなったら採卵します。毎日寒い中注射に通うのはとても大変な事ではあったけれどこれも子供の為、がんばりました。
そしてなんと32個も卵ちゃんがとれました。そして最終的に8個も胚盤胞が出来きて凍結し、そして1度の移植で長女を授かる事ができたのです!!そして2人目もそのうちの1つで妊娠することが出来ました。
そして義母にも無事孫の顔を見せてあげる事が出来ました。もう一つ良かったのは旦那のおばあちゃんにもひ孫の顔を見せに行く事ができたのですが、ひ孫を見せて2週間後にひいおばあちゃんは急に倒れて亡くなってしまいました。
あの時無理してでもひ孫の顔を見せに行けて本当によかったです。辛い事も沢山ありましたが、いまではそれを忘れるくらい毎日育児に奮闘中です。
- 妊活中の体験談